斯楽界演奏会ラッシュ.

朝から微熱を出しながら、まあいっかという調子で大学に行くも、研究室でブラックアウトしかける。その後、同●社のマンドリンクラブの演奏会に行く予定があり、遠い道のりを発熱しながら往復。案の定、帰宅から夜半にかけて、本格的にダウン。何だか良く分からない夢をいっぱい見た気がする。


マンドリン業界に限らず、大学生や若いアマチュア団体の良さは、技術を脇に置いて観ても(それなりに勿論技術向上の努力は見られ、名演奏もしばしば)身体で感じる事の出来る音楽の楽しさ(音楽に壁無し)、若気故の無茶、溢れる力強さ、そしてその団体独特の「色」では無いかと思う。(一般論に過ぎないが、本当にそうだと毎回実感する)
誇れる技術を求め、難曲を弾きこなし、それを客にも奏者にも快感とさせる団体には、よっぽどの修練を必要とする。そのような目標を掲げる団体の演奏会に、観客もほぼ「完璧」を求めてやってくる。「完璧」を求める者が満足し喝采を浴びせる価値のある団体は、日本中幾つかあるだろうし、私の拙い耳は何でも勉強、良く聴こえる。が、学生の演奏会には、観客は必ずしも「完璧」を求めに来ている訳ではない。楽器歴が長い学生は幾らでもいるだろうが、プロの年功には決して勝てないはずだ。才能に勝るものがあるとすれば、年功に違い無い。決して「完璧」ではなく、時に失敗や崩壊を起こしかねない、輪形が脆い演奏技術でも、何とか気持ちで開催しているような学生フゼイの演奏会を、なぜ観客はわざわざ聴きに来るかというと、それは前述した通り、まさに「若さ」を見聞きしたいから足を運ぶのである。…それが無い団体というのは、はっきり言って、何も無い。途中で帰りたくなる(経験有り)。楽しそうに、その時その機会その仲間を大事に(一瞬の賜物)演奏する事、学生素人の出来る事だと、感じている。
否しかし、日頃一体どれだけ練習を積んで、切磋琢磨してきたのだろうか、●志社の演奏は極まるところまで極まっていた。有り得ない技が、私の目の前でまさに有り得た(意味不明)。同志●には、多少の技術的な期待はしていったものの(地方公演まで、有料でこなす、半プロ状態。関西の名門か)、技術に加えてその団体「らしい」熱さがあり、とてもおいしい演奏会だった。お疲れ様。あなた達の指と楽器には、きっとこびとさんが住んでいるのね。


翌日の立●館も良い演奏会だった。やはり上手いものは上手い…。曲を愛する面々の顔が印象的だった(打ち込み斬斬…)。そしてアンコール。クリスマスソングと冬ソング(クリスマスちゃうやんけ)ぱくりの「クリスマス奇想曲」…サンタ登場で決まりましたね、おめでとう(鬱)。

今日の一言:
良い演奏より、良い演奏会と良い音楽。
上手い人の動作には、無駄が全く無い。
アリガトウ。


●ッキーについて:問題はチョコでは無くプレッツェルにありと、気づいて欲しい。諦めないで美味しくしてくれ。