寂寥の雨.

月曜に更新したっきりで、本日連続更新の日記である。数日パソコンから離れている、という事は、私にとっては心地良い事であるし、気をつけていないとネット放浪中毒になりかねない為良い傾向なのだが、日記は今のところweb上で無いと更新し続けられないので(紙上に筆記していると、切りが無く途轍もなく労力を要する為、必ず長続きしない)止められず、更新の隙間が出来てしまったがそれでも何とか更新しよう、という心持ちで今書いている。

                                                                              • -

今日は、クラブを引退するにあたり、卒業記念品を毎年卒業生がクラブに贈呈するという事になっており、その品を揃えにいく。入学・入部したての頃は、いつかこんな日(引退に向かう日)が自分にも来るのだろうなあ、と漠然と想像していたものの、いざその実態に身を投じてみると、しみじみとして感傷的な感触は其処には無くて、ただ「流れ」の中で今在るべき「地点」に来ているのだ、という実感しかない。「あの日の未来」が「今日」「今」になった時とは、常にそんな感覚で終わるものなのだろう。

                                                                              • -

時間が空いたので、予ねてより気になっていた書店に足を運ぶ。「ロック」な書店、という売り文句(本のセレクト)を掲げている其処は、どの本も「在るべき場所にあった」。一度取り出した本は、確実に元の場所に戻さないと「味」「効果」が薄れるような気がする。そんな完璧に計算された並び、つまり、或る本…ときたら次はこの本…その次はこんな分野…というような並びに、圧倒されてしまった。うかうかしていると散在しかねないので(残酷なまでに好みで美味しい書店)、次回はお金を持たずにゆっくり入り浸ろうと思う。……嫌な客だ。
久々にヴィレッジ・ヴァンガードをちらっと覗いたが、こちらも一度入店したら暫く出て来れない予感がしたので、さっさと用事を済まして引き上げる。
今日は字を追ったり本の事を考えたりするには、落ち着きが無さ過ぎる気分だった。たまにそんな時期がある。そんな時は漫画に限る。

                                                                                • -

好きなひとには、嫌われても良いから、無理して必要以上に自分を隠さない。というのが、最近のモットー。嫌われても良い。嫌われるか嫌われないか等、私がコントロール出来る事では無い。杞憂で死にそうになるくらいならば、そうやって生きている方が良いと、今日の私は思った。

                                                                                • -

ごめんなさい、よりも、ありがとう、と云う方が良い、云いたいと思うのだが、いつも「ごめんなさい」が出てしまうのは、なぜなのだろうなあ。