母が予ねてから観たがっていた映画「犬神家の一族」を観に行く。あんた丁度誕生日だから、と云う母と、女性は千円で済む日だから、という私の意向が相まって、遅い午後からの予定の間に、母との時間を詰め込んだ。学生時代に観て世間でも流行ったのよ*1、と懐かしそう又嬉しそうにする母に、うんうんと頷きながら映画の時間を待つ。くるくる、と動く目は若者のそれだった。 良かったよね、でも金田一役の石坂浩二はあまりに歳食い過ぎだし、深田恭子のメイクは入魂の古々しいセッティングの中で浮いていたよね、という弾む声と共に、母は映画館の階段を下りる。行こうか、と云ってくれた日に付き合う事が出来て良かった事と、母の機嫌が良い事と、誕生日を覚えていて祝ってくれた事(責めずに明るく)に、何だかとても嬉しくなってしまった。
幸せのうちに電車に乗り、待ち合わせ場所に駆けつける途中で、電話に大学から連絡が入っている事に気がつく。ご連絡下さい、と伝言が入っているにもかかわらず、非通知設定の為掛けなおすにも番号が分からない。しかし丁度今日は御用納めの日で、連絡は今日でないとつかないはず、仕方がないので電話で大学のホームページに接続して番号を書き出す。これでよし、と久々に公衆電話にテレフォンカードを挿し入れるが、度数が足りているにも関わらず使用不可能になっているらしく、カードが口から出てきてしまう。仕方なしに、十円玉を何枚か投入してやっと掛かった。携帯電話というものが、果たして便利なのだか不便なのだか、否携帯電話だけでなくて機械全般に対して、訳が分からなくなる。当たり前、という犬に手を噛まれた。
食事は、普段の飲み会ならばお酒代に回る分をも食事に回す事で、少し美味しいものが食べたい、と一週間前に自分で(!)探した店で、フレンチ(と云っても、純然たるフレンチではなくて、和洋折衷の創作フレンチ、と云ったところ)のごく小さなコースを戴いた。こじんまりとしていて、お喋り好きな女性達に人気がある店が、学生風情の拙さを隠してくれて丁度良い。コース規模により料理の品数は少ないものの、どれも質良く美味であり、自分で見つけた店で相手に、美味い、と頷いてもらえ、再び幸せを感じた。
家族や、お祝いの言葉をかけてくれたひと人の存在や、自分の恵まれた境遇について、あまりに幸せだと感じ、ひとりの夜道で涙が零れた。今後は恩返しをする番なのよ、頑張るのよ、と月に誓う。がきっと時間は掛かり、やはりどこかで自堕落の誘惑に何度も駆られる事だろう、という事は、自室に入って机の前に立った時、悟った。いざ、物凄く嫌だがやられば先がない事を見据えると、回れ右してしまいたくなる、この弱さをどうにかせねば未来はない。

*1:特に、プールに入って例の死体の真似をするのが流行った。