子どもの目.

コーヒーチェーンで、ソーセージクロワッサンとコーヒーを流し込み、電車の時間に合わせて店を出て、師匠宅に向かう。
古都のバスに乗り込むと、隣の席から外国語が聞こえてきた。さえずりか相槌の様な、短くこじんまりとした言葉で、どうやら大陸の北の言葉ではなさそうだった。バスには乗りなれた様で、慌てる仕草は一切見せず、バス停のローマ字標識を読んだりしている。どこで降りるのだろう、という想像は悉くはずれて、こちらが降りる段になっても未だゆっくりしているので、奥の席から楽器を持って通路に出る時に手間を取らせてしまった。遥々日本を選んでやってきたのにはどんな理由があったのだろうか。彼彼女らにはどんな国に映ったのだろうか。時折、あっそう、と聞こえる言葉では、何と云っていたのだろう。

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レッスンを始める前に師匠が、何か思い出したらしく、あっ、と短く云った後にじっと目を見つめてきた。兎も角視線を外して欲しくて「色々と」試みたが、黒い瞳がどうしても外れない。こんなに無言でじいいと見られた事は今までにそう無く、うまく感情を状況に馴染ませる事に苦労した。何、何、何ですか、ともごもご云っていると、格安で出る楽器があるから君どう、と、やっと直視の理由が出てきた。
子どもみたい、という印象を残して、視線は去っていった。
愛しいものを見つめる目でも、不審そうに何かを疑る目でも、蟻の行列や蛙なんかを見つめる好奇心に溢れた目でもなく、ちょっとした悪戯を仕掛けてやろうとする時の目に、近かった。だから少しだけ竦んだのだ、きっと。