pour D.

D、に違いない、という考えが、突然頭の上から降ってきた。
自分にとって、何となく居心地が良い、と感じるアルファベットは"D"だ、と断定するに至ったものの、だからと云って、その自覚で人生が変わるものでもなさそうである。
好きな外国人の名前はDaniel、好きなワルツはDebby、愛用している楽器の名前はダンテ、外国語の冠詞de, di, duも格好良くて好きだし、反対の意味やきっぱりとした意味の単語はDから始まるものが多い(接頭辞の関係で)。そんな理屈はどうでも良いのだが、きっとDに違いないのだ、そう断言した途端、身体のどこかがすっきりしたので、それで良し、とする事にした。
自分の色とか数字の自覚が降って来る最近は、何だか可笑しい。宇宙信号か神託の様だ。

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RESCUE/RYDEEN 79/07 細野晴臣トリビュートアルバム-Tribute to Haruomi Hosono-
RESCUE/RYDEEN 79/07」「細野晴臣トリビュートアルバム-Tribute to Haruomi Hosono-」を早速入手しに走る、とは、自分はなんと「ミーハー」である事よ、と感じる。しかしながら、あの三人の音楽がまた聴けると思うと、居ても立ってもいられぬ、というのは自分だけではあるまい。何とも可愛らしい、回顧の際ふと顔に浮かぶ小さな笑みの様な現代のRYDEENを聴いていると、やはりラガーが飲みたくなる。時々、口笛の様にも聞こえる。
メンバーはあの節に乗せて、今日の仕事はつらかった、と歌ったらしい。それに倣って歌い、一日の自分の労をねぎらった。
「ミーハー」という語はすでに死語になってしまっているのかもしれないけれども、それでは「ミーハー」を他のどの語に置き換えるのが正しいのか全く見当がつかぬ為、そのまま使用する。何度か首を捻ってみたが、どうしても思いつかない。

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土日の休日が明けて出勤日の月曜を向かえる当たり前さを想った時、まず口から出た言葉は、つまらない、である事に驚いた。今の仕事について、つまらない、と感じているのだとその時初めて気づいた。つまらない、と思い続けると、つまらない成果や経験しか得る事が出来なくなる、とこの印象を首を振って払拭しようと、今している。決して意義のない仕事ではないし重大な責任を一人で負っているのだから、客観的に見れば重要な仕事には違いないのだが、つまらない、とはどういう事だろう。贅沢な話である。たとえつまらなくとも、三年は有難く続けさせてもらう。
恐らく、一人でものをしっかり考えて黙々とする仕事が、自分には向いているのだろうけれど、そういう仕事に就くには多くの人から吸収した何人分もの知恵と経験が必要になる。
いつだって、今は大切で、贅沢云ってばかりではいけない。たまに目一杯贅沢と好きなものごとを、目の前に並べ立てる楽しみを引き立たせる為にも、今を大切にしたい。
つまらないけれども、何となく大切な事の様な気がするのだ。
それにしても近頃は、感覚で生き過ぎている。

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今日は首がおかしい。捻ったり振ったりと、忙しいからか。そして更に、トリビュートアルバム収録の"absolute ego dance"で首を振った。YMOのCDを聴いていても、大抵この曲では首を振る羽目になる。軽くむちうちになりそうである。