痛いよ痛い.

演奏会の前日に準備が整うなど、何年ぶりだろうか。感動である。流れ作業を覚え込んで、特に準備が億劫だとは感じなくなった所為か、或いは殆ど賛助のような存在で、楽団の厄介になる所為で気楽だからだろうか(楽しいのは自分だけ)。
良い事有りそう。特になかったけれども。

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演奏中はいろいろ考える事があり、一日がとても長く感じた。結局やはり芯からは楽しめなかった。この嫌な感触を忘れずに、今後どう楽器や音楽と真剣に、或いは楽しみとして向き合い、付き合っていくのか、少しずつ今から考えながら歩んで行きたい。
毎日の積み重ね、が出来ないものだから、継続していれば進歩は掛け算になるところ、中断も挟んでいる為ほんの少しの足し算の進歩しか無い。継続の力はやはり大きい。