運を天に任せて.

他人に迷惑をかける事、気を遣わす事、その予感、その不安で鬱になる。「この人は私の事、本当は好きぢゃないんだな。でも優しいから、何となく付いててくれるんだな。」と感じる時鬱になり(それは概して事実であるのに)、加えて、「一瞬、一時だけでも、付いててくれるだけで有難い」「世の中善人等居ない」となぜ思えないのか、更に自己嫌悪に陥る。
自分が大嫌い。つまりそれは、自分を愛している、という事の背理である。自分を可愛がって怠けている自分なんて、殺したい程嫌いなのだが、それを出来ない、打開出来ない自分も嫌い、そうやってどんどん転がり堕ちてゆくらしい。…まだ塵捨て場の塵の方が存在価値がある(烏や猫、微生物はそれによって生かされている)。
課題の為の作業中、彼のひとのやさしい言葉を頭の中で鳴らした途端、調子が悪くなった。

……こういう時は無理矢理にでも、何かハードな作業をするしかない。更に悪化して何も手につかなくなる前に!!と思い、辛い作業を何とか無事終える事が出来、一日過ごす事が出来た。やれやれである。一から十まで、考えてからじゃないと動けないとは、何と難儀な事か!

      • -

研究室にて、シュークリームをいただく。久々の間食だ。元来間食も甘いものも好きである為、身体は喜んでいるが、罪悪感に塗れる。たまには良い、しかし依存症や中毒にならぬよう、気をつけねば。

      • -

小旅行計画を立てるにも、宿選びに優柔不断さが発揮される。あまりに決定力が無い為に(迷い、メールを交わす事彼是二時間弱)最終的にあみだ籤を拵えてしまったくらいである。鉛筆に願いを込めて目を瞑り、「えいっ」と指し示した先を辿る。これで、後々宿選びについて何も文句や非難も出まい。
似たもの同士は困る。しかし類は友を呼ぶので、気の置けない者は大抵似たものであるから仕方が無い。…これは笑って良いものか笑いで済まない問題なのか、どう転ぶかは後の愉しみであろう。