不条理.

あれとこれ、それ、と口外待ちの「話の種」は、土に勢い良く蒔かれる事無く、一瞬にして手の中で粉になり、消えていった。「疲れている」と云われたら、いつもの調子にいつもの通りで安心させるか、早く寝なさいと促すか、どちらの方が効き目があるのだろうか、といつも少し考えるけれども、瞬時には自分が得意とし暗に容易な方を選択してしまう。私にとっては、それは後者である。「罪悪感を与えない為?どちらが?アンタの方が、だろう?」と「心の声」が聞こえる。

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「自信」の何たるかを又もや、考えまとめながらも、涙を流し続ける自分が、未だ此処に居る。
世界に対して、何とか生き抜く事に関しては、何とか自分を磨き、強く前向きになる事は出来そうだ。しかし、一番取り返しがつかず、換えがきかず、失いたくない者に対しては、ずっとずっと弱いままかもしれない。一番、「強さ」を必要とする者に対して、であるのに。
何て不条理なのだ。

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遅い夏バテに悩まされている。
久々に気に入りの喫茶店ベトナム風チャーハン(ナシゴレン風)が食べたくなった為、というより行き場が他では有りえないと確信した為、残暑が厳しい外界の光の中、自転車を走らせた。
自分が素直に「〜したい」と感じる数少ない{もの、ひと、こと、ところ他}は、大切にしたい。

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気になる枚:気にしていたら、偶然流しっぱなしのラヂヲから流れてきて、余計に気になりだした。:

 テーマ曲を聴くだけで泣きそうである。恐らくサントラを聴いても泣きそうになるであろう。映画を観てしまったら号泣しそうで、そんな準備は出来ていない為、多分劇場では観ない。
yours

yours

 泣きそうな名曲の泣かされそうなチェロによるカヴァア集。チェロが弾きたくなる(無理なので、とりあえずマンドロンチェロで)。堪らない。
今日の読み散らし:エミリー (集英社文庫)ダメな女 (光文社文庫)なぜか大切に噛み締めたい一冊『エミリー』、雑多に抱く印象がよく根拠付けされ文章化されているとだけ感じる為☆3つ(5つ満天)の『ダメな女』を、電車の中でぱらぱらと再読す。

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号泣する準備は出来ていないらしい、全く。



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<自信に関する自分の為のまとめ。何度目だろうか…(いい加減しつこい)と自分でも思いながら、何度でも書く>
「自信が無い者の傍にいる者は、やがて自信を失くし(奪われ、と云った方が正しいか)、衰弱していく。よって、自信が無い者は好きな人の傍にいてはいけない。」
という事は、事実かもしれない、時として真実である可能性もある。前述の云い分に則ると、全く自信の無い私等はひとの傍にいてはいけない、それは迷惑行為だ、と云える。
では、自信が無いままで構わないならまだしも、自信が無いのにも関わらず、ひとを好きになり傍にどうしてもいたくなってしまった場合はどうするか。自信を後付するしかない。人を信じる事が出来ないのにも関わらず、人を信じたくなった時どうするか。信じるしかない。
「信じる」という行為は、十割の可能性を知る事ではない。十割に満たない、それ以下の可能性をなぜか思い込み希望を抱く事が「信じる」という行為であるらしい。「完全」「完璧」「十割の可能性」、「裏切りの無い事物、事象」を知る人間は居ない。自信は、大概根拠等無いものなのだ。それでも、しっかり自信を持ち続け、生き抜いている人達は世界にごまんと居る。強くなりたいと思った。