行間に棲む.

「めっちゃ読みたいのに、読む暇あらへん。折角借りたのに」本:『アナイス・ニンの日記 1931~34―ヘンリー・ミラーとパリで (ちくま文庫)
そして刻々と、幾つかの図書館から借りている書物の、貸し出し期限が迫り来る。

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一日休講の今日は、画集の一部分(John Singer Sargent関連)を翻訳して終わった。一日は終わったが、翻訳は恐らく六分の一くらいしか仕上がっていない。内容は面白いのだが(イギリス・ヴィクトリア朝の大人の、子どもと子ども時代への見方、扱い方。どこか屈折していて面白い。抑圧された「性」が覗える)、単語とその意味が難しく、辞書を引き人名や専門用語の詳細を調べるだけで時間がかかる。画集を買う人というのは、ある程度以上の知識人か金持ちなのだな、と実感した。
いつ終わるのだろうか…。
英語の羅列の世界に長らく居た所為で、自分以外の世界の事を忘れてしまった。そんな時は、お酒に酔っている時と同様、軽い気持ちでひと人にメールを送らない事だ。…また「迷惑メール」を送ってしまった。
たびたび「翻訳の仕事が向いているのではないか」と云われるが(専門分野が英語であり、またディスクワークである所為だろう)、とんでもない事だ。こんな面倒で手間のかかる仕事は、そんな境遇と出来心だけで(ましてや私の語学レヴェルなんかでは)職業に出来るものではない。好きな分野、自分の研究分野の書籍を翻訳するだけの翻訳家はまだ仕合せである。毎回異なる分野の雑多な翻訳を任されている翻訳者は、尊敬に値する(その知識の豊富さと能力、脳の回転速度と忍耐力に)。
…要するに、私は課題に心底うんざりしているのだ。

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近頃、ハイドンの四重奏を気に入って聴いている。脳が整理出来て心地良い。しかしどの曲が何番かは、全く整理出来ていない。