一人上手、と呼ばないで.

聴きたい音楽があったが、点けていたラヂヲが突如中島みゆき特集に切り替わった所為で、聴き入ってしまった。一度聴き始めると、中島みゆきははまりそうで怖い。
ひとりが好きな訳でも、無事な訳でもない。ひとりも好きなだけである。

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セミナー後(会社説明会ではないのにも関わらず、社長が登場したので驚いた。毎度色んな意味で、社長の話は興味深い)、演奏会へ。招待券を下さった師匠にお会いせずに、帰宅を急ぐ。
特定音域が響かないホールは厄介だ。練習通り演奏出来たとしても、ホールが良くなければその演奏は客の耳には届かない。また、自分の音しか聴こえず他の奏者の音が聴こえないホールや、自分の音が自分の周りに纏わりつくホールもある。演奏していて不快なホールには当たりたくないものだが、今まで大抵はそれらのホールでしか演奏した事がない。
客と奏者が音楽を共有し合える、演奏と場に身を置きたいと思う。

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ひと人にはそれぞれ都合がある、と知っている。だからこそ、云い訳をされると苛立つ。了解している事を繰り返され、「もっと理解して欲しい」とせがまれる事の鬱陶しさと哀しさと云ったらない。

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気になっていた人と出遭う。以前よりもスムーズに話す事が出来たので一安心したが、話してくれた境遇に対して励ますどころか不安を与えてしまった。自分の事を伝えて興味を持って欲しい、という気が過ぎると、こうなる。人の安心になる、という事は難しい。
そして、単に好きである事以上の関係(※肉体関係等「そういう」関係ではない)を、人と結ぶ事の難しさを知る。好きだけじゃ駄目なんだ、というやつかもしれない。
それにしても困るくらいに気になる人だ(異性であるから余計に。世界が同性だけだったらよかったのに、と叫びたくなる)。