秘め事.

向田邦子の恋文 (新潮文庫)』予想以上の深さに驚く。もう何年か経ってから読み返してみたい、その時自分はどう感じるだろうか。原稿の締め切りに追われホテルに詰めながらも、三日もおかずに病身で妻子ある恋人N氏のもとに通った三十代の向田邦子の、明快で率直な恋文、恋人N氏のもの静かな日記、邦子の妹さんによる随想が収録されている。中ごろに挿入されている写真に写った作家ご本人の美しさにも、言葉を失った。作品に触れ人柄に触れ、その輝きに触れ、分かったつもりでいた一人の作家の感情を、誰も家族さえも分かっていなかった事に、まず気づく。
死は静かなものなのか、騒々しいものなのか、ちっとも解らない。死のほんの少し前には一寸の純なる静かさが、死者には特別に与えられるのでは、と夢想してはいるのだけれども。(そう夢想する時は決まって、高村光太郎智恵子抄 (新潮文庫)』の「レモン哀歌」を思い出す)
旅館の一室らしい板の間でくつろぐ作家と共に、二客の茶碗と二本のフォークが机の上に並んで写っている写真を見ると、途端に切なくなった。
ちなみに、爆笑問題太田光による解説も、読みごたえがあり、そして妙に納得出来る。

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秘め事、何という語感か。胸をくすぐる思いの原因は何か、知れない。知れない事への居心地の悪さ、知りたがりの虫の所為だろうか、何だろうか。こんな風に「くすぐったい」と感じる人というのは、自分も内に秘め事がある人なのかもしれない、ひょっとすると。

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追記:死、とは、と考えるが、こうして「死」について考え何かしらの感覚を得る事が出来るのは、「生」あるうちのみだ、と考えるに至った。静かさも騒々しさもないのかもしれない。…しかしまあ、それは「死」の状態に至らないと分からない。