C’est glauque!.

ろくろく練習出来ていない所為で、練習曲集が全く進まない。基本的な点で足止めを喰う。そして師匠を毎回苛立たせている。なんと寛容な御仁なのだろう。
次こそは、とこころに誓う。
主宰されている楽団のコンミスさんについて、自慢気に語る様子が素敵だった(「とっっってもいい人」)。他人を褒める事の出来る人には、逆にその人をこちらから「あなたもいい人ですよ」と云いたくなる。
リサイタルが近いので、いつもの芸術家的髪型が「本番用」にトリートメントされていた。師匠の肌は肌理が細かく、男性にしては白いので、しばしば凝視してしまう。・・・気持ちの悪い弟子である。

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今回も不合格だと厳しい、と思っていただけに、よくない結果の通知には、いつも以上、他の会社以上に情けない気持ちになった。レッスンの際一つの話題として師匠が就職状況について毎度訊いて下さるので、もし今日通知が届けば嬉しい報告になる事を見込み、わざわざ家に電話をかけて封筒の中身を教えてもらう事にした。模試でA判定しか取った事のない大学に落ちた時の報告と同じ、くぐもった声、の前にくぐもった空気が耳に当たった。面接で至らなかった点は分かるので、結果を嘆く気持ちもつもりもあまりない。何に対して残念か、それは、レッスンでも散々、私生活も研究生活も散々、何一つまともにこなせていない自分であるらしい。
泣き虫である。いざという時の為に、いつもマスカラは薄めに塗る事にしている。
強がって我慢して上を向いていたが、ふと前に向き直ったら小滝の如く涙が落ちて服と鞄の取っ手に流れ込んで行った。
帰宅して笑顔の「只今」と食後の談話を無事通過する為には、帰宅までに自分を何とか鎮めなくてはならない。久々にバスに乗り電灯で潤む古都を眺めたり、コーヒーチェーンで甘いものを黙々と食べ無感動な味のコーヒーをいっき飲みしたりしてみたが、いざ電車に乗り、茫然と白い鞄と楽器と師匠の煙草の匂いを感覚器に無理矢理詰め込ませていると、心身共「まだ家には帰っていけない」状態にある事に気がついた。
ここは強がるところ、自室に滑り込むまでは。同情も「頑張れ」も要らない。自分で決めた事は最後まで自分で背負うから大丈夫です。師匠と両親とお友達と教授、ごめんなさい、一つずつ何とかしていくので、結果と恩返しを待っていて下さい。
誰のために何の為に就職するのか、自分の成長の為、生きる為、そう信じてきたが、無意識下では半分以上は家族の為のような気がする。なんて「いい子」なのだろう。いつまで「いい子」なのだろう。これを「依存」と呼ぶ。
いつになれば大人になれるのだろうか。
さて、とりあえず早くお家に帰らなくちゃ。

また一から積み上げよう。

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遅い時間に就職サイトの郵便箱を見たらば、先日受けた面接の通過報告が来ていた。しかも次回はいきなり最終面接、本社まで上京せよ、という事だ。捨てる神あれば拾う神あり、これは母の口癖だが、この言葉が真実だと良い。
ずっと憧れていた会社であるが毎年中途採用枠しかなく、今年に限り十年ぶりに新卒採用枠が設定された。説明会は空席待ち後滑り込み、何となく縁がありそうな気がする。後はどうやって、縁を繋ぎとめるかである。
前回失敗した、「会社への熱意」をきちんと伝える事、を目標にする。

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気が滅入っている時はまず、掃除をするに限る。 会社案内パンフレットを処分する事から始めたい。空いたファイルには論文を詰め込む。

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彼のひとから送られてくる写真は、猫か(ふたりして猫好きなのである)羊か(彼はある部分だけだが羊に似ている)ひと自身(彼はナルシストなのである)が多い。今日も、どんなポーズなのかはっきりしない、夜道で撮ったらしい猫が送られてきた。