赤い靴と夏を過ごそう.

さて勉強するか、というところへ、出掛けていた母から電話があり、二次会衣装の買い物に付き合ってあげるとのお誘い、有難く受け取り結局一日外出しぱなしになった。上着を探しに回った。セール期間に二次会を催してくれた友人に感謝する。
肩が紐でピンク色のドレスにボレロだけでは、何だかあまりにも薄着、ある意味フォーマル過ぎるので、少しかっちりしているが可愛さは残した、袖と丈が短い上着をドレスの上から羽織る事にした。それでも抵抗があるが、仕方がない。
ドレス選びに付き合ってくれた友人の二次会で着るなんて…!(予想はしていたがえらく早くやってきたものだ)

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「歩く為の靴」という意気込みで、叩き売り並の値段のスニーカーを一足、騒動買いした。昨日買ったのは真っ白、今日買ったのは真っ赤で、どうも刺激を積極的に求めているらしい時期らしい。
夏に真っ赤とは狂っている。
そういえば、就職活動用手帖も真っ赤である。自分にとって赤色は、目を醒まして元気を出していこう、という気合の象徴だろう。

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試験があまりにも久しぶりすぎて、どう勉強すればいいのか分からないでいる。約二年ぶりである。とりあえず復習でもするか、と「その他の雑酒②」を飲みながら資料に目を走らせる。
教育論は深入りすれば難しいだろうが、表面上は考えていると楽しい。が、机上でなくて実際教育現場に入っていくと、厄介な事ばかりでなかなかうまく行かない、それが現実だ。
生きているのだなぁ現実で。

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自分の内面をぐだぐだと、他人に理解してもらう事よりも正直さに重きを置き、こう毎日書き並べている。少し似た匂いを『愛のパンセ (新風舎文庫)』を読んでいて嗅いだ。今や大詩人となった谷川俊太郎が26歳で著したエッセイ集である。決して何かに甘えようとせず必死に「ほんとう」を捕まえようとしている、二十代の姿が浮かぶ。「コスモス」の中で生きる事や「無為」の意味が、私には未だよく分からないが、年齢が近い所為か引き合うところが多い。そして、自分もこんな風に毎日色々、悩み考えあぐねていても良いのだ、文字に記していても良いのだ、となぜか安心する。
読んでいると、お兄ちゃんに相談に乗ってもらっている気分になる。引用したり、手帖に書き留めておきたい文章が幾つも幾つも出てくる。

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小さな美術館にウィリアム・モリス展を観に行った。同輩と先輩がアルバイトをしていて、毎回研究室に数枚の招待券を置いていってくれるのだ。
ウィリアム・モリス展、と聞いて狂喜乱舞した。アール・ヌーヴォ、アール・デコは見ていて特に目の保養になる。植物や鳥が好きな者にとっては、特に嬉しい。しかしアール・ヌーヴォの壁紙は騒々しすぎる。美しく明るい部屋には出来上がるだろうが、気が休まらないだろう。アール・デコが出現し普及した状況を垣間見た。
図録を買おうと思い意気込んで行ったが買わずに出た、この状況はこれで二回目である。本物を見た後で写真に魅力を感じないのは当たり前なのだが、何だかどうしても「しょうも無い図録」と感じて買うのを躊躇ってしまうのだ。一生懸命作成した方々には申し訳ない。モリス柄の写真資料集が出回っていれば、いつか必ず買おうとは思っている。ちょっとした「小細工」にアール・ヌーヴォは使える。(モリス=アール・ヌーヴォとしてしまうのは間違いなのかどうなのか、知識がないので調査が必要なところだが。)

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急に画集がみたくなって、帰りがけにヴィレッジ・ヴァンガードに寄る。以前なら丸善に寄っていたのだろうが撤収してしまったので、手近な店はこの店しか浮かばない。ピカソムンクマグリットオキーフの画集を何となく手に取ってぺらぺらと捲った。画集のある時間は贅沢だ。今家には一冊もない。ムンクの「月光」は成る程、とても印象に残る画だった。マグリットは前の恋人が好きな画家で、いつも手に取っては洋梨と男の絵に見入ってしまう。
ちなみに、赤いスニーカーもV・Vで買った。