“I don’t mind, if you forget me.”

夏だからといって冷たい飲み物ばかり飲むとは限らず、冷たいものと熱いものを交互に作って飲んでいる。PCの脇に(零れるとPCが故障するので、倒れても危険はない程度の距離に)置き、紙面か画面を見つめながらコップの側面を引っ掴んで、危うく取り落としそうになった。冷たい、と思い込んでいたのだが、実際は熱かった。他に集中していると、自分で仕掛けた事を処理出来なくなって行くから、馬鹿みたいである。
「アイスコーヒーは嫌いだ」という科白を本の中で目にすれば、暫く珈琲は温かいものしか飲まなくなり、「熱い飲み物って嫌い」と云われれば、冷たい飲み物に切り替わる。そうかしらん、と思って試してみる。個人的結論としては、珈琲は温かいものが好きだ、しかし適温を超えた熱過ぎるコーヒーは味がしないので好きではない(というよりそもそも、猫舌に熱すぎるものは飲めない)。その点、インスタントコーヒーは便利である。如何なる温度にも対応出来、たとえ不味くとも文句を云う気は失せるので。(なんせコーヒー味の粉でしかないのだから) 往々にして、小説中の憂鬱な人物は「嫌い」だの何だのと文句が多い。
夏には、Tahiti80Jack Johnsonを聴いて、ご機嫌で涼しい顔をしていたい。今日は「ウォールペーパー・フォー・ザ・ソウル」を聴いている。

                          • -

ホラーばかり観たり読んだりしていると、汗腺がおかしくなりそうである。変な汗以外の正常な汗が止まってしまいそうだ。ぞっとすると、身体と同時に汗腺が縮まる様な気分。

                • -

猫の事ばかり考えている。外出しない日が増え、従って現実の猫も見ない。人の猫を見て羨ましがっている始末である。
猫には気に入られたいと思わない。気に入ってくれなくとも、たまに視界を過ぎってくれるだけで十分だ。所詮人間はサ、という風に。

      • -

エゴでも自我でも、自らきちんと捉えて、改善するなら改善していきたい。それはエゴです、と人に云われても、そうかもしれないねぇ程度で、それによってすぐに覆す事はしない。頑固者なのだ。
出来る事、出来ない事、人によって知らしめられる可能性、自ら感じる「前方」の事、色々な視野、抽斗を、頭の中に置いておきたい。一つの事しか考えられない自分は嫌だ。色々な事を考え、見て、感じていたい。
何も考えずに生きてきた訳ではない。人の価値観に触れ、思考を柔軟にする事は大切でとても楽しい、しかし、考え貯めてきた事を丸投げにする気はない。今までも今もこれからも、とても大切にしたい。今では「間違い」と気づいた事も。こういう生き方は労力も手間も要る、でもそれが良い。今のところは。もし脱落したなら考え直しても良い。未だ若いから大丈夫だろう。
頑固だなあ。
(正直親切丁寧が、今のところ私も一番です、弥太郎さん。)