滅びの魔法.

時間がないのに古本まつりに行ってしまった。
あれもこれも、と云っているときりがなく、昨日から続く貧血で体力がなく、待ち合わせ時間の都合もあり、文庫コーナーは素通りして、格安兼好みの単行本を掘り出す事に専念する。最初の方に見つけた本から仕払っていくと、最後にまわった店で万が一欲しい本があってもお金が足りなくなる可能性があるから、とまずは目星をつけて廻る事にしたのだが、一時間後に元の店に戻ってみると、お目当ての本は売れていた。挿絵入り宮沢賢治の童話集よ、左様なら。結局、相当にぼろぼろだが、読み応えのありそうな随筆感想集二冊に決めて、会場を後にする。数度目だと、自分にとって選び易い古書店が見えてくる。最初に見た「百円均一コーナー」ですでに手はがさがさ、真黒になってしまった。
吉田絃二郎著『小鳥の来る日』(中根書房 昭和25年初版)『木に凭りて』(中根書房 昭和24年初版)ここまでぼろぼろの本を買ったのは久しぶりだ。修繕するにも、沁みと焼けはどうにもならなさそうなので、悔しいが仕方が無い。近頃こういう素朴な装丁の古書ばかりを手にして喜んでいる(この二冊は著者自装とある)。

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数日前に、お誘いしようか迷惑だろうか、と悩んでいて結局声をかける事を遠慮したお方に遭うという、嬉しい偶然があった。遭う予感、というのは、結構的中するものだ。会いたい、という強すぎる気持ちはいつも叶わないのに。
待ち合わせをしていたひとは、大体の本(読み物)には興味がないらしいので、時間まで他の場所でゆっくりしていて、と云っておいたのに早々に会場にやってきて、私の肩を叩いたから驚いた。伊和辞典が安く出ていたよ、と云ってみると(音楽用語はイタリア語である場合が多いので辞典があると便利なのだ)、あっという間に目の前から消えた。結局時間になるまで、伊和辞典と音楽用語辞典を探し回っていたらしい。彼の時間を奪わずに済んで安心したと同時に、正直に云えば、自分の時間も削らずに済んでまあ良かった。 売店のビールに誘おうかと思ったが止めて、喫茶店で珈琲をいただいた。

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やっと夏が始まったと思えば、宵の入りはもう涼しい風が吹く。特に川縁は心地よく、蚊が減れば本や論文を手に座り込みに行きたい。
川辺では、黒い羽をもつ糸蜻蛉が数十匹、ひらひらぱたぱたと優雅に飛び、尾を水に浸していた。強まった夕べの風に、虫も水鳥も押し流されて行く。
散歩の途中にひとが「薄羽蜉蝣(うすばかげろう)って、どんな虫」と訊くから、「白っぽくて目がちっちゃくて尾に二本毛が生えてる儚げなやつ」*1、とテキトウに答えたところ、「最初に『うすばかげろう』と聞いた時、『薄馬鹿下郎』かと思った。随分酷い名だな、って。」と、ひと。北杜夫も間違えていたらしい。

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帰りがけには、今度は新刊書店で飽きもせずにまた本を見て帰る。というのも、図書券を貰ったからであるが。図書券でどんな本を買おうか迷い、結局特に必要のない本を買ってしまうのがよくあるパタンなのだが、今回はましな選択が出来た。本体価格きっかり500円の『ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)』、この夏の課題図書に設定した。何度か図書館で借りたが、まともに読まずに返却してきたうちの一冊である。

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堤防から市内を見渡す。今日は珍しく一日中眼鏡をかけていたので、いつもより視界がはっきりしている。そしてその所為か幸いにも、紫外線に目をやられる事なく、過ごす事が出来た。
街は予想以上に明るく、山裾からかなり上がったところまで、光で溢れかえっている。一見綺麗で和みはするが、夜景が美しいという事は、電気を無駄に消費しているという事であり、あまり喜ばしい事ではない。夜は暗い方が良い。
とは云いながらも、夜中起きている自分がいる訳だが。摂理を捻じ曲げた生物は、そのうちに滅びるのだろう。

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例の野良猫の顎は無事治ったらしくて、安心した。今日は猫に二匹もつれなくされたので、落ち込む。にゃあ、という挨拶の音程が悪かったのかもしれない。なななんか変なヒトが来た、という目で見られた。

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眼鏡を外したくない時、も、ある。

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古本の写真は以下、沁みだらけの為格安で持ち帰りが叶った。よく我慢が出来るな、と自分でも思う。   
後でカヴァアをつけてやろう。

*1:あまり好かない画像を見ながら調べたところによれば、この説明は実際の薄羽蜉蝣と全然違っている。他の蜉蝣と異なる、そもそもカゲロウ目ではないらしく、薄羽蜉蝣には尾の毛がない。身体の色も形も蜻蛉に似ている。昔は蟻地獄だったのに、ほっそりと謙虚に変身を遂げたものだ。