take me higher.

風呂掃除、黴とりに燃える。「この洗剤は、どこにでも使えるのよ。」と云う言葉を捉えて、調子に乗ってそこら中を磨く。こういう仕事は子どもの時から、夢中になると長い。窓の桟や棚の隅といった汚いから出来れば拭きたくない箇所でも、何の「良心」かしらないが、無視出来ないのである。水周りの滑りや台所の油汚れには、出来れば関わりたくないものだが、すっきりすれば一段と晴れやかな家庭生活が営めるものかと想像する。
が、今のところ、目に入れたくない。

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mixiでアクセス先を辿って行き、そこで見知らぬ誰かの紹介文*1を読んでいると、これぞという一文に出会った。「彼は火が好きで、俺は消火器が好きだった。」ねじれた親密さが堪らない。シュールでニヒルである。思わず、もえる。

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電話は対して緊張はしない、と暫く思い込んでいたが、実際はかけて名乗りがうまく行く前まで緊張する事が判明した。よし、かけるぞ、という気を自分に起こさせるまでが大変なのである。そして名乗る際、「あ、あ、あの」と云わずに、余計な間合いも無しに、きっぱり名乗る事が出来るか、というのも勝負である。この技が身につけば、大人相手の電話もこなれた感じでかける事が出来るのだ、と子どもなりに奮闘してみる。出だしがスムーズにいけば、後は何とかなる。出だしと終わり良ければ、すべて良し。

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シンクロナイズドスイミングを観る。集団で泳ぐパートの他に、ソロ、デュエットのパートを含む、という演技内容は、初めて目にする。随分進化するものなのだなあ、と思っていたらば、2002年度に導入された「フリールーティーン・コンビネーション」という競技種目らしい。道理で目に新しい訳である。見所のポイントが増え、より華やかで自由であり、見応えがあるが、競技としては、取り入れた理由がいまひとつ分からない。
どうであれ、神業である。画面を観ながら、試しに脚を一本、垂直に上げてみる。とてもぢゃないが、彼女ら程にはぴんと上がらない(水があったとしても無理だろう)し、あれ程長時間も上げていられない。そして足先を丸めようとすると、指が攣りそうになり、断念した。情けないが諦める。イナ・バウアーをしようとしてぎっくり腰になった人と同じ位、きっと格好が悪い。

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作業を幾つかやり遂げると、達成感で他の事が疎かになる始末で、肝心の事が進まずに一日が終わった。

*1:他人が利用者の紹介文を書く、というコンテンツがある。顔見知りでない人同士のコミュニケーション促進の為かと思われる。