正しい誰彼.

昼間はきちんと起きていて、大学に行き作業をする事、と決めた第一日のスケジュールをこなしに出かける。が、提出すべき事務書類の一ヶ所に押印が欠けていた事に気づき、大学のある古都から地元に一時間強かけて帰宅し、書類を仕上げて又一時間強かけて大学に蜻蛉帰りす。今日は、その約三時間とうち徒歩計一時間分を、長くは感じなかったので、体調や気分は悪くない日であった。しかし、まだ古都も地元も日中は暑く、アクリル100%というカーディガンを羽織っていると汗がじわじわと身体の奥から湧き出してくる。
一度目の帰宅の際、自宅の軒下で黄色い野良猫が一匹、呑気に昼寝をしていた。わざわざ留守の時を狙ってやってくるので、他の時間や日では見かけない。こちらを発見してもちっとも起きようとせず、また眠ろうと目を細めるので、そのまま脅かさずに眠らせておいた。動く元気もないくらい、空腹なのかもしれない。野良猫は大変だ。
その後道で白い短い靴下を履いた様な黒猫を見かけた。今日は求めずとも猫をよく見る。

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決めた時間までPCの前で作業をして、そこから楽器を二時間程弾くだけで、一日の力は底をうってしまう。帰宅してから出来る事と云えば、寝台にこぎつけて倒れるくらいである。近頃はそれでも夜中の三時と早朝六時に目が醒める為、作業を続行したければ出来るのだが、なかなか疲れがあると身体が持ち上がらないのだ。勿体ない。
論文の事しか頭にない。そうでもしなければ自分の場合どうしたって、集中力が散漫になり、二兎追うものは一兎を得ず、という結果に陥るから仕方ないとは云えど、以前就職活動続行と共に考え積み上げてきた、今後のヴィジョンや人付き合い云々というものが、すっかり霞んでどこかに消えようとしている事に、近頃愕然としている。きっとやれば出来るだろう、出来る人もいるだろう、それは自分が怠惰なだけなのだ、という声が聞こえる。それに、論文だけの生活をしていても、まともに進めていないではないか。大学院まで出してもらっていて、修了後はアルバイト暮らし、そんなの親不孝過ぎやしないか、一体今まで何のために勉強してきたのだろう。誰彼の云う事は正しい。何の結果が出ていない現実も、私の怠惰さの結果として、とても、正しい。
私は親に、言葉だけの感謝状と請求書しか残す事が出来ない。

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楽器を弾く少し先の方で、男子学生がかたまって騒いでいる。煩いと文句を呟いていると直に、皆で私を嘲っているように聞こえ出す。途端に不安と恐怖に襲われる。早く何処かに散ってくれ。
昨日の毛虫の夢から、少々不安定に陥った。男性に限った事だが、対人という行為を想像するだけで恐怖になる事がごくたまに起こる。これは何年も蓄積してきた過去の記憶が薄らがない限り、自分ではどうしようもないだろう。うまく付き合っていかなくてはならないが、いつかパニック状態にならないかどうかだけ気に掛かっている。そういう時、手を握ってくれる誰かがいてくれたら、救われるのだが。

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暗がりでも、猫の気配は確かで、鳥目でよく見えていないこちらよりも先に、猫の方がはっと気づいて逃げていく。