行き交うもの.

ああ、そうかね (日本エッセイスト・クラブ賞受賞)』を携えて電車に揺られる。フランスは、日本は、と云われ続ける事に若干の食傷を覚えながらも、頁に線を引くかわりに、後々手帖に書き留めておくべき一文を記憶に刻み込む。図書館への返却期限が迫っているので、早く読み終わらないか、と思う一方で、まだ終わって欲しくない、という複雑な心境を味わっている。
上着をひとつ、厚いものに取り替えた。去年祖母に貰ったもので、型が古い上に随所に虫食いがある。恥ずかしい気持ちを抑えながら、えいと羽織って外に出る。この時期に丁度良い上着はそれしかないし、古くはあるが気に入っている(腐っても虫に食われてもオンワード樫山)。金縁の釦を、無難な釦に付け替えた事もあったが、その服から不平の声を聞いた気がしたので、元に戻した。
それでも街を歩いていると気後れはして、更に綺麗に飾った造り笑顔のキャッチセールス嬢に声を掛けられると、尚更小さくなる。今日は行き帰り二度も声を掛けられた。学生、お金なし、嘘だけど未成年、です。
昭和何十年代、と云われそうな服が増えていく。

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とある大学の演奏会を聴きに行った。本領発揮、という曲目でやっと息を付いた後はのめり込み、そして少々眠り込んだ。
よく聴きたい、と思う演奏は目を閉じたくなる。が、実際は目を開いていた方がよく聴く事が出来る、と聴いた事があるので、ほんの少し目を閉じて音の尾っぽを確かめた後は、目を開けて、見たいものをじっと見る。
どこを向いているのか定かでなかった音が、どやどやと集まってきて、知らず知らずのうちにひとつになっていった。人の様な音達だった。

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手帖を持って出たくせに、ペンを忘れた。よって、抜き書きも、演奏会アンケートも書けず終い。