息をつかずに.

手が冷え切っているというのに、薄っすら汗のようなものが浮いている。

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大量に借りたのに結局、半分も読む事が出来なかった山田稔の著作他を、渋渋図書館のカウンターに置いて去る。後ろ髪を引かれる思いだ。が、どうしても読み終えたい一冊だけ、こっそり未だ鞄に忍ばせ、電車の中で必死に読んだ。
雨の中大荷物で出掛けるのを慮って、父が車で駅まで送ってくれたが、軽快且つ少々荒い運転に、久々に気分が悪くなってしまった。息を大きくつこうとも、湿っぽく、そらを映した灰色の空気は、あまりうまくはなく、一向に快復しない。が、後々昼食をしっかり摂ったら、ころりと治る。つくづく丈夫な身体を生まれ持った事に仕合せを感じる。
シナモンベーグルにクリームチーズを挟んだものと、バゲットのフレンチトーストを研究室にて、それぞれが好きな先生の事を話題にしながら、むしゃむしゃとやった。ベーグルとシナモンは近頃欠かせない食物になっているのは、いつも立ち寄る大学近くのパン屋の得意メニューだからだ。
前はよく作ったが、もはや作らなくなった料理の事を、「ロストメニュー」と云うらしい事は、冷製ヴィシソワーズがそれだという先生の話題で耳にした。流石、英文学教授である。ちなみにこの方の、多忙時メニューは豚キムチだそうで、それは何か、イメージに合わない、という声が上がった。
我が家のロストメニューは何だろうか。父がよく作った、鰈の唐揚げあんかけ、だろうか。材料に片栗粉を塗す作業と鰈(と平目の)の「縁側」が、当時から好きだった。

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研究室を数時間抜け出して、ひとと散歩をする。会話がずるずると出て来て、まるで生き急ぐ様に話した。思い通りの素材と色のマフラーは、今日も見つからず。クリスマスまでに見つけて贈りたいのだが、ひとの肌質と好みは難しい。
雨の中をざぶざぶと合皮のブーツで歩き回った。普段履くブーツはこれくらいタフぢゃなくちゃ、とこちらは強く出るが、さすがに可哀相な気が起こる。寒くて湿っぽい日。
研究室に戻ってPCに向った後、PCを帆布鞄に詰め込んで、再び雨の中へと足を進める。雫の中で滲んだ電灯と疲労で、視界に靄がかかっていた。