クリスマスの幻影.

uopus2006-12-25

にゃあ、といつも挨拶をしてくれる猫が、大人しく写真に収まってくれた。この猫の尻尾にくっついている縞々が、殊に可愛い。
今日でクリスマスソングが終わりかと思うと、すこしさびしい。
先月末から少しずつ練習を重ねてきた曲を、今日集まってくれた殆ど見ず知らずの人々の前で弾く。相変わらず力みの癖がとれていない上に、緊張で手は震えてコントロールが利かないものの、気持ちはぐっと曲に集中して呼吸を忘れないようにして、何とか弾ききった。曲中で一瞬止まるという反則行為はしてしまったものの、いつかの大失敗のように派手に音を間違えるという事はなく、まあまあの進歩だと一応自分を労っておく。曲に集中して何かを表現出来る事が、弾く事における一番の楽しみだと知った。一方で、他の人の演奏を聴いていると、自分のがつがつとした音の他にも、もっと色々な音があり、がつがつとした音しか出す事が出来ないままの自分を恥じた。
会終了後、赤い靴が可愛かった、という言葉をかけられて余計に落ち込む。批判でも良いから、違う事を云って欲しかった。先日祖母にも、凄く素敵な色合いね、と云われたのでいい気になり、未だ慣れていないのに盛んに歩き回った所為で、酷い靴擦れをこさえてしまった。
大きな音ですね、とメンバーから云われるも、それはきっと楽器の性質と力みに起因するのだ、自分なんて全然駄目だ、と心中穏やかならぬ状態でお酒を飲む。きれいだったよ、と初対面だが話には何度も耳にした事のある高名な先生が、「一応」感想を漏らして下さったのに涙腺が反応し、ぼろぼろっとやりながら更にお酒を飲んだ。
一次会が終われば大人しく帰宅するのだ、と心に決めていた理性的な自分が、もっと皆と話したい、という呑み助で好奇心旺盛な自分に負け、タクシーで人工的な輝きの街へと繰り出す。アルコールで薄まった視覚は、一際街の橙色の電灯を粒状の「ちかちか」として捉えていた。
いつの間に解散したのか、気がつけばひとり、駅のホームで電車を待つ。その間、見知らぬ金髪の兄ちゃんと会話をする。泣き笑いながら、おでこをぴしゃっと叩かれながら。話が進むうちに、なんと、兄ちゃん(と云っても、同じ歳かもしれないが)は私の弾く楽器の事を知っていて、しかも過去に同じ系統の楽器を弾いていた、と云う。あまりに驚いたので、メールアドレスを交換する事になるも、旧式の電話には赤外線発信装置なんて付いていないし、ペンを握っても正しいかたちの文字が書けない。俺の家来る、と云われたが、酔っていてもそこで、はい、と云わない自分はなかなか頑なで「出来た」子だ、と翌日思った。向かいのホームに彼の棲家へ向かう最終電車が着き、彼は短くなった煙草を一つ、灰色の地面に落として走って行った。じゃあね。
そこから一体どうやって、最寄駅で無事に下車して、タクシーに乗り込んだのか、記憶がない。気がつけばタクシーが団地の口に着いていて、千円札を一枚運転手に渡してつり銭を受け取り、自宅の鍵を閉めて上着も脱がぬまま寝台に倒れ込む。
論文を書かねば、という気持ちからか、或いは布団の外で眠り続けるのが単純に寒かったからか、明け方に一度目を覚まし、上着を脱ぎ捨てて再び就寝する。次に目が醒めた時は、目が回るので立ち上がるのに苦労した。

                      • -

身体全体で沢山の事を感じて、色々な人と出会って話をして、別れた。情けないが輝かしい一日だった。

              • -

鞄に入れたままだった、半分程の発泡水を一気飲みして、鞄の中を探る。酔っているうちに何か失くしていそうだったので。幸いな事に、眼鏡と父のお古のペンケースは無事だった。紙製ブックカヴァアに、何やら怪しげな文字がいっぱい書き付けてあるのは、高名先生のお言葉かいつか生じた感情を書きなぐったものらしい。全く読めず、又恥ずかしいので、丸めて螺旋って塵箱に投げ落す。
レシートの様な白い紙片に、メールアドレスらしき文字が書かれているのを発見する。裏はカラオケボックスの明細、そうかあの兄ちゃんはカラオケで遊んでいたのか。
金髪の兄ちゃんと素面でメールを交換し合っても、きっと向こうは至極つまらないだろう事を思い、お礼は云いたかったがメールは送らないでおく。一夜限りのお楽しみは、今年の手帖のポケットにリリースした。カフェのカードや映画の半券と共に、半永久的に泳ぎ続けると良い。