白い記憶.


朝焼けの色を見ながら(太陽が塵の多いところを照らしている為に赤く見える、とこの間『問いつめられたパパとママの本 (新潮文庫)』で読んだので、塵の漂う地球を想像しながら)、両手に白い息を吹きかけた。早朝七時前に家を抜け出て、泥棒の様に研究室に忍び込んで荷物の一切を紙袋に詰め、バスに乗り込む。
一度、すべてを真っ白にしたい、と思ったのだ。

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大きな石に穴が空いていて、その穴を手前から潜ると縁切り、奥から潜ると縁結び、と云われている石を、願い事を書いた御札を握って二度潜った。穴は少々狭く、身体の後方でつっかえて、いたた・・・と、一人声を漏らした。
吐く息が未だ白い朝の時間から、微笑ましい願いから読むのも恐ろしげな願いが書かれた札が貼られた石を潜るなんて、壊れている、と自嘲しつつ、何とも後味宜しく神社の鳥居を抜けた。破廉恥にも鳥居の内側に出ている、派手なピンク色に輝く、古びて歪んだホテルの看板と同じ、生活の匂いを自分の内から嗅いだ。

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これまでの諸々の過去と無用の執着は断ち切られ、新たな縁が生まれます様に、良縁の結び目は一層強くなります様に、と強く願った所為か、すっかり頭の中が真っ白になってしまったので驚いた。御札の白さに、物思いが吸い込まれてしまった様な心地で、どうしたものか、と新しい物思いが産声を上げる。いざ新地に立ってみると、何から始めようか、咄嗟に思いつかない。

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母と今後について話して少し泣き、炬燵に入ってぼんやりを続けた。

要らなくなったものはすっかり、あの憑代の中に置いて来たのだ、きっと。そういう事にしておく。
考えようとしないだけ、だとしても。大袈裟なのが好きなのだ。

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今日も料理を作る事にして、書店に寄って選んだ『決定版 ケンタロウ絶品!おかず (主婦の友新実用BOOKS)』を捲った後、また買い物に出る。予め、カレーと味噌汁を作る様に、という指令が下っていたので、カレーの中身と汁物を考案した。カレーには茹で大豆を入れる事にして、汁物として、味噌汁ではなく「大根と豆腐のとろみスープ」(片栗粉を入れたすまし汁)というものに決める。
銀杏切りにした大根とえのき、その後大根が透明になった頃合をはかって入れた豆腐が、湯に浮かんでいる光景は非常に美しくて、ため息が出る。全部放棄して真っ白にしてきたのに、ここへ来て余計な褒美を貰った気になり、恐縮した。
神なんていなくとも、自然や空気があれば、事足りる。

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現実に戻って、この架空の世界を夢見ている様な子どもが、世間様とどう向き合っていくか、という事を、来月は考えていく必要がある。奇麗事と冗談では生きていけまいし、美で腹を満たす事は出来ない。
しっかり煮込みすぎたのか、或いはスープの味付けが薄すぎたのか、やたら大根臭いものが出来上がった。そう簡単にはいかない。生き物は臭いものなのだ。