tutti.

人生で初めて、本にコーヒーで滲みを作ってしまった。
レッスンの為師匠宅へ向かうには早く着き過ぎてしまったので、周辺を歩いて喫茶店を見つけ、コーヒーを一杯注文した。が、なかなか出て来ずに、店を出ねばならない時間は刻々と迫る。猫舌は、淹れたてのコーヒーを飲むのに、人よりも時間が掛かる、という事を計算に入れると、本の文章を追えない程焦ってきた。
やっと出てきたコーヒーは、肉厚のコーヒーカップに入っていて、ただでは冷めそうになく、しかし茫然とそれを眺めて待っている訳にもいかないので、矢継ぎ早に適量を飲み下していく。
あまり焦ったので、受け皿から口に運ぶ途中で、器を伝った雫を、クリイム色の頁にぼと、と落としてしまった。ハンカチを出して吸わせるにも、器を先に置くか片手で鞄を探るか(そうすると汚れた頁が閉じてしまうし)、という判断が咄嗟につかずに、数秒間器を持ったまま右往左往している間に、茶色の滲みは数ページに渡る立派なマークへと進化した。
まあ良いかコーヒーだから、と思えるのは、コーヒー党の証か。

舌先の火傷と、結局一頁もまともに読む事が出来ずに無駄な時間を過ごした無念を抱えて、師匠宅に向かう。
君は明らかに「猫派」やね、と云われる。どこをどう判断すれば、犬好きか猫好きかが判断出来るのだろうか。猫を飼わない理由について、猫は死ぬからね、と云われて咄嗟に理解出来ず、黙り込んでしまった。外に放すと道で死んでしまって帰って来ないから、という説明が加えられて、生き物は何でも死にます、と何の捻りもない返事を飲み込んだ。

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夕食から深夜にかけて、掃除機を使わずに、粘着シート付きのローラーで自室の大掃除をする。紙や冊子類を白いビニル紐で括ったものを積み上げると、学生時代の名残が薄まっていった。意外に、すっきりとはしなかった。更なる不安しか生まれない。