good sentences.

去年の今頃は、民家の隅っこに小さな毛玉みたいな子猫が寄り集まっていたものだが、今年は見かけない。もっと心地良い場所を見つけたのだろうか。相変わらずやせ細って今にも消えそうなノラは、見つめてやると億劫そうに民家の隙間に入っていく。

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雨の日や、湿気が増した夏の日に、革やエナメル状の鞄を持ち歩く事は、自分の流儀に反する。籐や帆布製のものを仕事場に持っていく事もまた、気乗りしない。一方で、流行のエナメル状靴が欲しいと思いながらも、これから迎える季節には向かないだろう、と冷静になる。
どうしたいのか、考えあぐねながら、兎も角出掛ける。何か見に行きたい、外に出たい、という日は曇りの日が多い。傘は持たずに出た。
鞄を買うか、靴を買うか、仕事用にするか、普段用にするか、という考え事で、頭の中のパズルがぱたぱたと動き、様々な解決パタンを展開していく。
結局、売り場の横を歩いている時に目に入り、そのまま「それ」に吸い寄せられる様に手に取ったまま、離せなくなった鞄を買った。麦藁でみっちりと編まれた体に、黒檀に似たすべらかな木の取っ手がついていて、無駄と遊びのない清い品である。
他の人と同じ様なものは持ちたくない性質なのでは、と店員に云い当てられる。同じかどうかは別段気にしないが、愛着が湧くものを持っていたい、という流儀に従った結果、そうなってしまうのだ。きっとこの事も、云わなくとも彼女は分かってくれている。他の人と同じでも、それが自分にとって良い品で、長年使いこなせるものならば、構わない。
結局、皆同じなのですよね、と諦め混じりに俯いた姿が淋しげだった。睫が長い。この前まで大学院に行っていて、そろそろ働いてみようかな、と思って。あ、一緒だ。

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先生私はもう駄目みたいです、とぶつくさ云いながら、曲集や楽譜を寝台の上に散らかして(机はPCに占領されている)それでも弾きたいと強く思える曲を手探る。課題は放棄出来ない。
学生時代に弾いた事のある曲は、学生時代の記憶や癖に引きずられる。そういった、何年か寝かした方が良さそうな曲は悉く放り投げ(忌々しいのは、窓から飛ばしたい位)、古典的なのをちろちろ弾いてみる。古典は曲自体が色々なものを授けてくれる所為か、弾いて心強い。気が引き締まる上に、懐の大きさに何だか安心する。
暫く古典に音楽を習おう。