雨ざあざあ.

六月六日を迎えると、「かわいいコックさん」の唱を思い出す。雨が降らないと違和感を覚える程である。如何にも降りそうな日取りだというのに。
空調の所為で身体が凍りつきそうになる電車の中から、木の葉が、風にざわざわと揺られているのを、茫と眺める。ああやって、髪やら服の裾を風に取られているのは、何とも気持ちが良い事を知っているので、風の中にある木々を羨んだ。特に、初夏の宵の風は薫り高いので、益々羨ましい。一方、昼間の光は、季節に合わせて徐々に殺人的になって行く。

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師匠のところへ、職場からの帰宅途中楽譜を借りに行く。音楽(主に感情表現)を能動的にする気がないから、と云って、弾かない訳にはいかず、そして弾きたくない訳でもない。こういう動機が不安定な時に、そっと寄り添っていてくれるのは、ベートーヴェンと決まっている。
背が半分抜けかけている楽譜を抱いてバスに乗った。
師弟仲は冷めており、近頃は会う度に何かを少しずつ取られている気さえする。単純に、お互い心を開き合う気がないのか、開く事が得意でない程に引っ込み思案同士なのかもしれない。
一体何処に落としてきてしまったのだろうか、私の音楽。

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車椅子が乗り込み易い様、床が低く作られているバスに乗り込んでしまった為、外がよく見えなかった。街の明かりではなく、コンビニや店舗の、単調で趣に欠けるライトばかり目に入る。つまらないので、惰眠を貪る事にした。
目が覚めると、ライトアップされた灯台型タワーの赤い「傘」が目に飛び込んできた。醜悪なデザインだと悪口を叩かれる事がしばしばあるこの古都のシンボルは、快晴のそらにはそこそこ映えるので、自分では気に入っている。

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ボロディンのカルテット二番を発するイヤフォンを耳に当てたまま、溶ける様に眠りに就いた。もう駄目だ(少なくとも、今日は)、と腕を寝台からだらりと落として。