葱に涙す.

魔性の楽器に出会ってしまったので、今まで使用していた楽器を手放す事にした。使用しなくなって放置しておくと、どんどん質が落ち、音も鳴らなくなる為である。今必要としている人のところでうんと活躍する事を願い、断腸の思いで楽器店を後にした。ほんの木屑だった新品から七年掛けて楽器にし、手入れも欠かさず面倒を見てきたその楽器が、自分の一部になっていた事に、それを身から切り離した瞬間気が付いた。
「半べそ」をかきながら重い足を動かして、必死に前に進む。
魂が半分抜けたままさっさと帰るか、せめてお腹だけでも満たして帰るか、という選択に悩んだ末、ひとに迎えに来てもらって、彼のアパートで蕎麦を茹でて食べた。自炊慣れした「蕎麦茹で番」の心配そうな視線を感じつつ、危なっかしく鮪のタタキを削ぎ切って葱とたれをかけ、早々に発泡酒の蓋を開けた。
口とお腹がすっかり葱臭くなっても、一度出て行った魂の欠片は戻らなかった。