炭酸の弾けるとこ.

残暑のバザールといえば硝子器か清々しい生地の座布団で、ふらりと店を覗いてみれば、肝心のものは手垢塗れで諦めるも、果実酒キットが目に留まった事を喜ぶ。
焼酎もしくはジン等のスピリッツを、予め必要分の氷砂糖と果実の入った瓶に注ぐと、たった四日で飲む事が出来る、という便利品である。手が伸びたが、冷蔵庫内の3本の発泡酒もしくは雑種(ビールはない)の存在が頭を過ぎったので、その手を引っ込めた。これを記している今、思えば、キットを購入し漬け込んでいるうちに缶三本を空ければ良いだけの事だ、と後悔している。
こう暑くては昼夜構わず炭酸入りの酒を呷りたい気になるが、どうしたって冷蔵庫内の「義務」の事を忘れる事が出来ない。あまりに喉が渇いたので、宵の口に立ち寄ったカフェではジンジャエールを注文する。ジントニックは前述の理由で諦めた。ジンジャエールウィルキンソンでしかも辛口でなくては駄目、と決めていて、市場では幾らで出回っているかは知っている。そこで、極単純に計算して粗利はどの位か当たりをつけようとする、経理という貧乏臭い職種を恨んだ。
ぱちぱちと炭酸が跳ねるのを気にせず、グラスに口をつけたものだから、その「ぱちぱち」が鼻腔を直撃してむせた。決して、この特別辛口なジンジャエールにむせた訳ではないよ、と訊かれてもいないのに店員に弁解しそうになった。

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平日の休みは当分なかろう、と踏んで、平日しか行けない書店を梯子した。一軒目で、新刊書店ながら一部「訳有り」の本だけ特価で出している店にて矢川澄子いづくへか』を半額で発見する。目当ての山田稔の著作は、読んだ事のある本しかなく、どれを購入すべきか悩んだので諦めた。それでも運が良い。
二軒目は、本来カフェイン類とビールを出す古本屋らしいが、店主が怪我で水仕事を休んでいるので、本だけ拝見した。『東京日和』『現実入門』を購入した。
昼食は外で摂る予定で自宅を出てきたので、一軒目を出た頃には猛烈に腹が減っており、雲行きも怪しくなり始めたので、足早にカフェに向かう。
カフェでは丁度、店員のお子様がおやつの時間で、中央のテーブルにはシリアルの箱と小さな器が出ていた。まんごーのなんかちょうだい、との要求や、ままー、という甘えた声、BGMでかかっているボサ・ノヴァやらシャンソンを追う、ろろろー、の音楽を聴きながら、オムライスを頬張る。おしゃべりの合間は大人しく、音を消して流している「サンダーバード」に釘付けになっていた。なんて「ハイセンス」な生い立ちなのだろう。
年齢的なものだろうか、それとも単なる夏ばての所為だろうか、オムライスや焼き飯類を一皿平らげるのがしんどく感じられる様になってきた。パスタ類も、夕飯の直前まで存在感が消えない。

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アラーキーの『東京日和』を、頁を気にせず開いたところ、

7/15 送り火しない。
   帰さない。 

                   ---「新盆まで」

とあった。
先日、大文字の送り火を「見物に行った」記憶が新しく、*1 帰さない、といえば色めいた話かと思いきや、よく考えてみれば世間一般では7月に送り火等しない。
亡くなった愛しい人に、帰ってくれるな帰さない、という意味であった。何とも云えず、しずかな気持ちになった。

*1:それはそれは、異常な混雑具合であった。確かに美しいが何がそんなに面白いのか分からず、必死で電話を送り火に向ける仲間達を尻目に、ひとりアサヒを空けていた。