欲望の感覚.

今望む風景は、私の携帯電話が弧を描いて海に落ちてゆくところで(海に葬るには汚すぎる物質である)、今聞いた音は、我が部屋に住みついている蝙蝠はヨハンの羽音(こと、もそ)だった。
今晩の通り雨は、シャワーの水音に似ている。何となくすっきりした、と感じるのは、気温が少々下がったからだろう。

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夜もじっとり暑い所為で、寝不足気味が抜けない。朝、自宅を出ようという時が来てもなかなか目が開かない。外に出て自転車をこぎ出せば、朝の光が眩しすぎて余計に目が開けられず、危ない思いをした。
梅雨明けの朝は、矢鱈と白く眩しい。新たな世界が雨の季節をくぐり抜けて生まれ出でる衝撃の光が、瞳孔に突き刺さる。今年こそはサングラスを購入せねば、目がつぶれてしまいそうだ。この眩しさに、畏れではなく恐れを感じる時代になってしまったなんて。

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甘えるってこういう事なのだな、とか、以前人からこんな不可解な言葉をぶつけられたのはこういう思いからなのだな、とかというのは、自分では理解出来ない。他人を見たり接したりする事で、初めて理解するばかりである。
大抵、時はすでに遅い。
ごめんなさい。